京極堂シリーズ
このごろ、京極堂の出てくるシリーズを順番に読んでいるのは、過去記事の通りである。
この前の東野圭吾さんの「名探偵の掟」での考察に続き、京極堂の出てくるシリーズについても、少し言及したい。
いままで読んできて思うのは、ますは、一連のシリーズは、推理小説であるということ。ただし、いわゆる本格推理小説とは、ちょっと違う。本格推理小説が、いわゆる常識をベースとした謎解きを必須アイテムとするなら、京極堂の出てくるシリーズは、いわゆる常識の死角を狙った謎解きになっている。だからといって、死角を死角として謎解きをするのではなく、死角の存在を十分にアピールし、読者の意識付が終わったころ、憑き物落としという謎解きが始まる。つまり、人間には死角があることを十分知らせ、その実が実った頃、その死角を突いた謎の解明に当たるわけである。いいかえると、京極夏彦が、常識の死角を自明へと拡げ、十分拡がったころ、京極堂が謎解きをするわけである。そういった意味では、SFミステリーに近い気もする。SF特有の世界観、環境を作者が整え、十分整ったところで、その世界における謎を解くわけである。そうやって読んでいくとわかりやすいかも。
今日のワークアウト、33分21秒・・・4.95Km。
この前の東野圭吾さんの「名探偵の掟」での考察に続き、京極堂の出てくるシリーズについても、少し言及したい。
いままで読んできて思うのは、ますは、一連のシリーズは、推理小説であるということ。ただし、いわゆる本格推理小説とは、ちょっと違う。本格推理小説が、いわゆる常識をベースとした謎解きを必須アイテムとするなら、京極堂の出てくるシリーズは、いわゆる常識の死角を狙った謎解きになっている。だからといって、死角を死角として謎解きをするのではなく、死角の存在を十分にアピールし、読者の意識付が終わったころ、憑き物落としという謎解きが始まる。つまり、人間には死角があることを十分知らせ、その実が実った頃、その死角を突いた謎の解明に当たるわけである。いいかえると、京極夏彦が、常識の死角を自明へと拡げ、十分拡がったころ、京極堂が謎解きをするわけである。そういった意味では、SFミステリーに近い気もする。SF特有の世界観、環境を作者が整え、十分整ったところで、その世界における謎を解くわけである。そうやって読んでいくとわかりやすいかも。
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